わたしゃ、いったい日頃何を考えているんですかねぇ的雑文集。
by homeandhome
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31
プロフィール
変な人の変な趣味一覧と変な意見。

fuyu's world ver3
カテゴリ
全体

神話

ドラゴン
天使
天使の位階
大天使
堕天使
セフィロース
魔術
雑感
タイトル
映画
ランクル80
RS
未分類
フォロー中のブログ
奄美大島☆撮影日記
『情報と宇宙』日記(旧「...
仙波眞弓のココロ
道草いっぱい
週刊!Tomorrow'...
冬 v2.0
~日本書紀を楽しもう~
◆木偶の妄言◆
青猫
「こんにちわ撲滅委員会」...
万理の頂上 - Ab ...
いたずら小鬼のイヒッチェク
世に倦む日日
Here 
話すコトバをアタシは知らない
すべてがNになる。
中国歴史小説と幻想的な恋の話
虹の螺旋
Small crusib...
饗宴~海からの贈り物
たも。の写真日記
学術系ブログの情報サイト
Soliloquy(独り言)
世に倦む日日
世に倦む日日
最新のトラックバック
おいおいおいwwwwwww
from ぷちょ
はわぁぁぁわわぁあ!!!!
from タラ様
ナスwwwwwwww
from マサマサ
Η(・∀・)イイ!!
from しんや
初でこれかよw
from パイパソ専門
うぇあははあはわ!!wwww
from 管理人
うぇあははあはわ!!wwww
from 管理人
羞!恥!心!
from 金 太 郎
(゜д゜)ウマー
from (´・(ェ)・`)クマー
ぴゅっぴゅっぴゅっ
from ヒットエンドぴゅっ!
以前の記事
2007年 01月
2006年 11月
2006年 10月
2006年 09月
2006年 08月
2006年 07月
2006年 06月
2006年 05月
2006年 04月
2006年 03月
2006年 02月
2006年 01月
2005年 12月
2005年 11月
2005年 10月
2005年 09月
2005年 08月
2005年 07月
2005年 06月
2005年 05月
2005年 04月
2005年 03月
2005年 02月
2005年 01月
2004年 12月
2004年 11月
2004年 10月
2004年 09月
2004年 08月
2004年 07月
2004年 06月
2004年 05月
その他のジャンル
ファン
記事ランキング
ブログジャンル
画像一覧


集団という名の関係性における生け贄

Excite エキサイト : 集団と個の関係

 たまに考えてしまうのだが、集団と個のつながりというのは複雑である。強い個はそのなかで集団の性格を変えてしまうし、弱い個はずるずると集団に取り込まれてしまう。その取り込まれ方が集団に同化する方向にあれば、まだマシだが、集団の中で「生け贄」として存在してしまうことも多々ある。そして往々にしてその場合弱い個はある特徴をもっており、その特徴を持っていることが「生け贄」の理由として挙げられ、生け贄にされるということを正当化されてしまう。

 かつてそれは魔女狩りと言われた。魔女狩りは弱くそして特徴を持ったものに対して行われる。しかし本当はそれはきっかけに過ぎず、集団に何らかの負圧がかかり、その負圧をはき出す場所としてある特定の個人がねらわれる。そのとき集団は同一性というものを強く意識するようになり、同一性から少しでもはずれるものを次々と犠牲にしていく。最初は短所と思われる部分を責めていくが、本来長所だった部分もすぐに集団からはじき出され、生け贄として集団のカタルシスに使われてしまう。

 これは逃げ場のない集団の中によく起こる現象だと思われる。現在の社会において学校から抜け出すことは精神的に難しい。その難しさがこの手の問題を深刻化させていく。集団の力を無意識のうちに使いこなすことがこの社会では求められている。しかし、それは無意識上のことなので、容易に暴走する。そろそろ、集団と個の関係を問い直していく時期にさしかかっているのではないだろうか。

 正直、この事件は世界の縮図という気もする。それ自体は「よい」と思われる価値観が強制されていくことにより抑圧が生じ、その抑圧によってある点によけいな力がかかり暴発する。そしてその暴発を防ぐためにより強力な抑圧を行い、絶望が蔓延する。その連鎖をどこで止めるか。一人一人が意識してというのは簡単だが、そうできないからこそ集団の恐ろしさがあるのだろう。

 小林和之「おろかものの正義論」のなかにある比喩。

もし貴方が国の元首だとして悪魔がこうささやく
「お前が毎年1000人の国民の命を差し出すと約束すれば国を繁栄させ、全ての国民が豊かな暮らしを出来るようにしてやろう」

 あなたはこの提案を受け入れるか?

日本では毎年8000人もの人々が自動車事故により亡くなっている。一方自動車産業のおかげで多くの人々が豊かな生活を享受している。自動車をなくせば少なくともその8000人は亡くならないであろう。しかし私たちはその8000人を生け贄にして生きているとも言えるのである。私は正直車に乗る。車を趣味としている。私は暗に認めている。いつ私は人を轢くか分からない、そのリスクを背負って生きている。そのことを意識している。それはもしかしたら生け贄を求めて生きていることになるのかもしれない。そしてその一方で自分が生け贄になる危険性と隣り合わせである。

 個はいつだって集団のなかで生け贄とされ、集団は常に生け贄を求めている。そのことを自覚し、より「個」が集団のなかで生け贄にされないように、集団の暴走を止める手だてを考えなくてはならないのだろう。

 正直、とりとめのない話になってしまったが、人が人の立場になって考えるということが大切なのだと思う。集団の中に常にいるのではなく、「個」としていかに集団にコミットしていくのか、そして他の「個」がどう生きているのか、常に想像力を働かせ、集団をコントロールするよう努力するしかないのかもしれない。
[PR]
by homeandhome | 2005-06-26 21:03 | 魔術
<< しまった・・・ 龍の成長 >>