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医療と倫理とその狭間で・・・。
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多分、ブッシュ大統領の主張は彼のキリスト教的観念からの主張だろう。私も基本的にその姿勢には賛成する。しかし一方に目の前に難病に苦しむ人々がいる。その人々を目の前にして私は「ES細胞」の研究に反対だと言えるのか。難しい所だと思う。 この「ES細胞」を用いて行う治療と死者から臓器をもらって行う「臓器移植」とどちらが倫理的な問題が大きいのだろう。私はこの問題についてずっと考えている。臓器移植というの「過渡的」の技術である。倫理的にも問題が大きい。例えば「脳死」は人の死かという点についても疑問が残っている。そこから取り出して移植を行っても、患者は拒否反応と戦わなければならない。そうならないためにも「ES細胞」から本人に適した臓器を作り上げることができれば、患者にとっても幸せであるし、「脳死」などというややこしい概念を作り出さなくても住む。 しかし「ES細胞」とはこれからどのようなものにも変化する「細胞」、つまり「胚」である。そう考えると、脳死の問題と同じように倫理的な問題が絡んでくる。人の命の選別がここで行われるからだ。 医療の歴史は「倫理」との戦いでもある。かつて死体にメスを入れてはいけないという宗教的倫理から解剖学は遅れに遅れていた。それを乗り越えた人々が今の医療を創っていった。そのおかげで私たちは幸せになった。しかし今度の壁は超えるべきなのだろうか?私は正直怖い。これを認めてしまっていいものか。 話はよれてしまいましたが、ただ、正直な感想を言えば、「反対」だが、脳死・生体による臓器移植より「マシ」というのが私の立場です。
by homeandhome
| 2005-05-21 19:43
| 雑感
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